マルつけ禁止

日本に帰って来て、ちょうど4年が経ちました。

帰国した当初は、逆カルチャーショックの連続で、「ここで、あとどれだけサバイブできるだろうか」って自分のことが心配で仕方ありませんでした。が、、、最近は、随分慣れてきたと思います。(周囲の人はどう思ってるかわかりませんが。)

そんな私が、一つだけ、未だに慣れないことがあります。特に、中高生とのレッスンで、頻繁に見かける行動なのですが、、、その行動を見るたびに、私の頭の中はクエスチョンマークだらけになります。

それは、

答え合せをしていて、合ってる答えにマルをつける、という行動。

何がおかしいの?って思いますか?

最初に、マルをつけてるところを見たとき、彼らが何をしているのか全く見当がつかず、大事な単語に印でもつけてるのかなって思っていた私。「あーマルか」って気づくまで、数分かかってしまいました。

アメリカでは、間違っている問題にマルがついて、正解だった問題にはチェックマークがつきます。そのシステムに慣れていたということもありますが、、、

合ってた!マル!っていう行為が、いかにpointlessな行為か、誰も指摘しないんだなってことに、軽くショックを受けました。

マルをつけたい気持ち、よくわかるけど、、、機械的にマルとバツをつけて、はい、おしまいっていうのは、勉強じゃないですよね。

答え合わせで大事なのは、マルとバツの数を数えることじゃなくて、きちんと内容を理解して問題を解けているか、自分でチェックすること。

正解だったとしても、正解にたどり着くまでの過程が、あやふやなままだったら、それは理解しているとは言えないわけで。

問題演習を通して、自分の理解を確固なものにしていく作業が勉強だと思っているので、生徒たちにも、「私のレッスンでは、マルは禁止ね。」と宣言しています。

「マルをつけたい」「間違いたくない」っていう強迫観念のようなオーラは、中高生に限らず、レッスンに通って来られる方、全体的に見られます。

「間違うこと」イコール「素質がない」「頭が悪い」っていう思い込みはないですか?

生まれてからずっと日本語の環境で生活して来た人が、発音も、文法も、思考法も全く異なる言語を学ぼうとするのだから、脳だってびっくりするし、知識が簡単に定着しないのも当然。

2回、3回、同じミスをするかもしれない。でも、ミスしたら、修正すればいいだけのこと。しかも淡々とですよ。「またミスしちゃった。。。」とか、嘆いてる時間、もったいないです。

理想的には、きちんとフィードバックをもらって、ミスの内容をしっかり把握することが大事。自分の思い込みによるものだったとか、単に知らなかっただけ、とか。スポーツや音楽のトレーニングと同じですよね。

ある雑誌で、「東大生は、間違うという行為に対して、ネガティブな意識が薄い。」という一文に出会ったのですが、納得です。間違うことが怖くないから、どんどん挑戦して、いっぱい間違えて、修正して、理解が完全なものになっていく。

「間違う時は、堂々と!」

今日から、これでいきましょう。

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