A riddle このなぞなぞが解けますか?

なぞなぞは英語で “riddle” と言います。

80年代のアメリカで流行ったというこのなぞなぞ を私が最初に目にしたのは、2年前でしたが、最近よく聞いているポッドキャストで話題になっていて、改めてこのなぞなぞの意味を考えるようになりました。

A father and his son were in a car accident. The father dies at the scene. The boy is rushed to a local hospital. In the hospital, the operating surgeon looks at the boy and says, “I can’t operate on this boy. He’s my son.” How is this possible?

訳 父親と息子が交通事故に遭った。父親は即死。男の子は近くの病院に運ばれた。病院で、手術を担当する医者がその少年を見てこう言った。この手術を担当することはできない。この子は自分の息子なのだ、と。一体どういうことでしょう?

 

答え、わかりましたか?

 

「医者は男の子の母親だった。」が答えです。

ボストン大学が在校生を対象に行った2014年の調査 では、正解できたのは20%以下だったそうです。母親が医師をしているという学生も正解できなかったという結果は、職業と性別に対するジェンダーバイアスが、想像以上に深いことを物語っています。

ちなみに同じ質問を小学5年生にしてみたところ、ほとんどの子が正解できたそうです。不正解で多かった回答は「この男の子の親はゲイカップルで父親が二人いる。」だったとか。こっちは時代をきちんと(?)反映してますね。

このなぞなぞには、別バージョンがあって、事故に遭って亡くなるのが母親で、病院に運ばれた娘と対面するのが「看護師」という設定。この看護師を女の子の「父親」だと認識できたのは一握りしかいなかったということで、アメリカ社会での「医師=男性、看護師=女性」という固定化されたイメージが浮かび上がってきますね。

看護師という言葉が一般的になった日本で、同じなぞなぞをやったらどんな回答が出てくるのでしょう。私は、日本語訳が回答にかなり影響を与えるような気がするのですが、どうでしょう?例えば、”Doctor”を「医師」とするか「医者」とするかで、正解率が変わると思いますか?私の感覚では「医師」の方がgender neutralに響くので、ここでは敢えて「医者」と訳しました。

あと、”I can’t operate on this boy.”っていう部分をそのまま訳すと、「この子の手術を担当することはできない。」か、「この子の手術を担当することはできません。」のどちらかになると思うのですが、どちらの訳を選んでも発言者の性別が見え隠れしてなぞなぞにならないような気がしませんか?

かなり前のことですが、この「医師=男性、看護師=女性」というステレオタイプのおかけで、実体験で痛い思いをしました。

オーストラリア留学中、あるイベントで年配の女性と知り合いになりました。お互い自己紹介をして、彼女が “I work at a hospital.”(私、病院で働いてるの)と言うので、私は迷うことなく, “So, you are a nurse?” (あー看護師なのね?)と返してしまったのです。そしたら、彼女がムッとした顔で、”I’m a doctor!” と。過去に同じようなやり取りが何度も繰り返されていたのでしょう。「もういい加減にしてよ!」って心の叫びが聞こえてくるようでした。10年以上経った今も思い出す度に申し訳ない気持ちになります。

アメリカの大統領選の影響で、フェミニズムに関する良質の記事や映像が溢れています。すべて英語の情報になってしまいますが、面白いと思ったものを挙げると、、、:

オバマ大統領がグラマーマガジンに投稿したフェミニズム論。
Glamour Exclusive: President Barack Obama Says, “This Is What a Feminist Looks Like”

WOMAN vs. FEMALE「初の女性大統領候補」ヒラリーをどう形容する?(NPR)
Is Hillary Clinton the first WOMAN nominee — or the first FEMALE nominee?

それと、こちらは今年6月に行われたホワイトハウス主催の女性サミット (the United State of Women Summit)でのミシェルオバマとオフラウィンフリーの対談。うんうん!そうそう!激しく頷きながら見てました。ミシェル最高!

小さい頃から「大きくなったら学校の先生になりなさい。」と言われて育った私。女の子で学校の成績が良くても、目指せる職業は限られている。仕事が見つかったとしても、男社会の中で潰されるだろう。学校が一番女性にとって働きやすい職場だ。という理論でした。納得。

進学した地元の公立高校は、一応「進学校」ということになっていました。私が入学した年、初めて女子の割合が半分を超えて、「女子が増えた=レベルが下がる」と嘆く先生たちに囲まれて3年間を過ごしました。(実際レベルがどのくらい下がったのかは定かではありませんが。)

日本の大学で唯一男子学生が半分以上を占める文学部として定評(?)があった早稲田の文学部。私たちが入学した年、初めて女子の割合が50%を超え、ニュースになりました。女子トイレが圧倒的に少なく、先輩女子学生の苦労が偲ばれました。。。

男性優位社会で、「出る杭」にならないように、立ち位置を常に意識しながら生きていた20代。そんな息苦しい日本社会に嫌気がさして、勇気を振り絞って海外に飛び出しました。アメリカでも男性優位は変わらない現実だったけれど、日々感じるプレッシャーは日本よりずっと軽くて、心の自由を謳歌しました。これまでフェミニズムを声高に叫ぶことを、意識的に避けてきましたが、今は堂々と言えます。I’m, officially, a feminist. だと。

下の写真はアメリカで出版されている子供向けESL教材から取ったもの。医者のモデルは男性、看護師は女性、配管工は男性、教師は女性。歯科医師とパイロットはよーーーく見てみると女性なのですが、残念ながらマスクで顔が隠れていて性別がわかりません。(人種の観点から見ても、多様性が全く反映されていませんね)教育の現場にいる者として、生徒たちに不用意にステレオタイプを植え付けないよう、と肝に銘じる日々です。

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Job titles, We Can! Student Book S By Yoko Matsuoka, 2009, p. 81

下の映像では、職業に対するジェンダーバイアスをなくすために、どのように言葉が変わってきているか紹介されています (gender neutral equivalent)。郵便配達員はmailman ではなくmail carrier 、警察官はpolice man から police officer に。女優はactressですが、actor と呼ばれることを好む女優もいます。皆さんが知っている単語がたくさん出てきますよ。It’s worth watching!

言葉の影響を過小評価するのは危険です。まずは「意識的に」言葉を選ぶことから始めましょう。言葉の感覚を磨き続けること。日本語でも英語でも良質の言葉に触れる機会を増やすこと。

今、自分が、そういうお手伝いができる場所にいるということに感謝。

信じる力のパワー

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Nakajima Park, Sapporo

ちょっと前になりますが、時々コーヒーを飲みに行くお店のマスターがとっても興味深い話をしてくれました。

昔のエスキモーの人たちは、氷の上で裸で寝ていた。それでも凍傷になることはなかった。それが、だんだん凍傷にかかる人が出てくるようになった。

今まで平気だったのに、どうして?と不思議に思った人類学者が調べに行った。調査でわかったことは、西洋医学の影響が大きくなるにつれて「氷の上で裸で寝たら凍傷になる」という「常識」が浸透していき、次第に凍傷になることを恐れる人が増えていったから、なんだって!

これって、言ってみれば「思い込み」。日常的に気軽に使っているこの言葉。だけど、現実と想念の区別がつかなくなるくらいの強さで思い込んでいたとしたら、、、その思いはかなりの確率で現実のものになることでしょう。

プロとして活躍するダンサーやミュージシャンのインタビューを聞いていると、「自分は絶対にこの世界でプロになれると信じていた。」という発言が良く出てきます。

できると信じているから、頂上までの道のりがどんなに険しくても頑張れる。「自分は頂上にたどり着けるのかな」とか、「この道って本当に頂上に通じてるのかな?」って疑ったりしない。迷ったり、疑ってる暇があったら練習しようって切り替えられる。

「自分には英語のセンスがない。」とか「どうせやっても無駄」とか「やってて意味あるのかな」とかとか、そんな言葉が自分の頭の中に充満していることを発見したら、、、

「うん、自分って天才!」「今やってること、ぜーんぶ身になってる!」「将来英語が必要な仕事につくから(絶対に!)、今のうちにしっかりやっておかなきゃ。」と頭を切り替える「習慣」を身につけましょう。

人間の脳って結構簡単に騙せてしまう、という例をもう一つ紹介させてください。

これは私の身近であったこと。

私はアメリカに留学する前の数年間、札幌で留学生をサポートする仕事に就いていました。

ある日、アメリカからの留学生がオフィスにやってきました。顔色も良くないし、何か深刻な悩みでもあるのかな?と、こちらもちょっと緊張して対応しました。

聞いてみると、最近体調がすぐれない。毎日しっかり寮のご飯を食べてるのに、体重がどんどん減っていく。めまいもしてくるようになった。。。とのことでした。

すぐに近くにある診療所に連れて行きました。日本語は初級レベルの彼。通訳として私も一緒に診療室に入りました。

医師は色々な質問をしながら、脈を取ったり、聴診器をあてたりして、原因をつきとめようとしますが、どこをとっても正常で、どこが悪いのか全くわかりません。

困っている先生に、「いや、だけどこんなに一気に体重が減ったことは今までない!ちゃんと食べてるのに」と主張する彼。

ふと先生が何かを思いついた様子で、「ちょっと体重計に乗ってみて」と彼に言いました。

言われた通りに乗って自分の体重を見た彼。”WHAT? Can’t believe it.”叫んでます。どれどれ、と体重を見てみたら、彼の体重は、100グラムも減っていないことが判明しました。

はい、その通り。寮にある体重計が壊れていたのです。。。

「なんだよー。壊れた体重計なんて置いておくなよ」なんてプリプリ怒っていた彼も、みるみる顔色が良くなり、最後は何事もなかったように家に帰って行きました。

笑い話で終わったからいいけれど、気づかないうちにこういうこといっぱい起こっているかもしれません。

自分の頭の中で勝手にストーリーを作り上げて、一喜一憂したり、真実を確かめもしないで結論を出したり。

私たちが潜在的に持っている「信じる力のパワー」。せっかくだから是非良いことに使っていきたいですね。

ラクして何かをマスターしたいですか?

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怒涛の2月を乗り越えて、気づけば3月も3分の1が過ぎている。。。

札幌は随分春らしくなってきました。

大学受験、高校受験に挑戦した受験生たちにも春がやって来ました。

「直前に先生と一緒にやった問題が出ました!!」

「学校のテストで取ったことない点数が受験で取れた!」

などなど、嬉しい報告が届いて、私もホッと一安心。

一方で、英検2級に2度挑戦して、3度目の今回も合格を勝ち取れなかった子がいます。

「絶対受かるって自信があったのに。。。」と涙を流して悔しがる高校生。

私のレッスンを受け始めて2ヶ月目での受験でした。

「これまでにないくらい勉強した。」と準備万端で臨んだ結果がまさかの不合格。で、すっかりやる気をなくして、投げやりになっている様子。「こんなに頑張ってるのに、どうして?」って。

自分が信じられなくなって、いくらやっても無駄だって思うようになって、、。

「まぐれでもいいから、合格したかった。」っていう本音も出てくる。うんうん、そうだよね。わかるよ。

だけど、まぐれで合格して得られるものは何でしょう。「合格した」という安心感?「もう2級対策やらなくていい!」という解放感?「自分には2級の実力がある」という自負?

確かに、ギリギリの成績で合格しても、合格は合格。そこで、「自分は合格したけど、2級の実力には程遠いから、もっと実力つけなくちゃ。もう一回2級の勉強し直そう。」と思える中高生がどれだけいるでしょうか?

「受かった!」と安心して、勉強をやめちゃう子がほとんどではないでしょうか。

「合格できなかった」=「本当の2級の実力をつけるチャンスをもらった」、と捉え直して、もう一度挑戦することができたら、、。まぐれで一発合格して安心してる人たちをあっという間に追い越してしまえることでしょう。

実を言うと、私も高校生、大学生の頃は「どうやったらラクできるかな」ってことばかり考えて生きていました。好きな言葉は「棚ぼた」(笑)。

コツコツ時間をかけて努力するっていうことが、とっても馬鹿馬鹿しいことに思えていたのです。

やりたいことがあったとしても、なりふり構わず努力しないと達成できないようなことには、「うーん、無理!」とやる前から諦めてしまうような人間でした。さらに、「諦める」と言うとかっこ悪いので、「興味ない」と言ってごまかしたりして。

そんな私が30歳目前で、留学を決意して、大学院出願に必要なTOEFLの勉強を始めて、、、すぐに壁にぶち当たりました。

出願に必要なスコアがなかなか取れなかったのです。何回受けても、ライティングのスコアだけがいつも0.5ポイント足りず、「はい、やり直し」。

結局1年半で10回受けることになりました。4回目くらいまでは、「次こそは!」と頑張れましたが、5回受けてダメだった時は、さすがに、「もう諦めたほうがいいかな」という気持ちが頭をよぎります。

それでも、後に引けない状況だったこともあり、友人に相談したりしながら、自分のライティングの弱いところを分析して、修正していく作業をコツコツ続けていきました。

ようやくたどり着いた留学先で、「自分はTOEFLを10回受けてようやく必要なスコアが取れた」と自嘲気味に話したら、「よく諦めないで頑張れたね。すごいよー!」と思いがけずみんなに賞賛されて、「そっか、そうやって見てくれるんだ」と嬉しく思ったことが昨日のことのよう。

その時の努力があったからでしょうか。今では英語のライティングを褒めてもらえることが増え、自信が持てるようになりました。留学中、ネイティブの友人に英文のチェックをしてもらっていたのですが、「クラスメートの論文読んでるみたい。ネイティブが書いたみたいでわかりやすいし、ロジカル。」と言ってもらえたり、教授からも「あなたの文章はスタイルがある。簡潔で読みやすい。」というフィードバックをもらったり。

TOEFLの勉強していた時、無理しすぎたのか、めまいを起こし倒れたことがありました。その時に机の角で頭を打って、数秒間気を失っていた、という忘れられない思い出(武勇伝?)もあったりしますが、諦めないで、頑張って来れて本当に良かったです。うん。

要領だけでできたものは、まさに「砂上の楼閣」。小さな波でもあっという間に壊れてしまいます。

No pain no gain.

だから、どんな小さなことにでも、努力するクセをつけていきましょう。努力は絶対に裏切らないから。

Awareness 「気づき」

ある私立高校の入試問題を見ていた時のこと。長文読解のセクションにこんな文章がありました。

「夏休みに男だけで旅行に行った。メンバーは自分と親友、そして自分の父親と親友の父親の4人。お母さんたちは家事で忙しく、家で留守番。」

うーん、男だけの旅行に出るのは勝手だけど、母親が留守番する理由、もっといい理由が思いつかなかったかなー。

しかも英語では、母親たちが自分の意思で残ったというより、家事のために留守番せざるを得なかった、というニュアンスになっているんですよね。

「父親は外に仕事に行って、家のことは全部お母さんが担当」っていう図式を「当たり前」の事実として、中学生に提示する意味があるのでしょうか。。。

外国語を学ぶことの大きな意義って、そういう固定観念から自由になれるよう手助けするってことだと私は思っているのですが。

レッスンに来ている中学生に、「この文読んでどう思う?私がどうしてこんなに怒ってるかわかる?」と聞いてみましたが、もちろん No idea. 何が問題なの?って、ポカンとしてました。

高校生に同じ質問をしても、大体似たような反応が返ってきます。ジェンダーを扱った試験問題は、大学入試や英検などでも結構な頻度で取り上げられているのだけど、そういう文章読んでもピンと来ないだろうなー。

文法をマスターして、単語をいっぱい覚えても、その文章が書かれた社会的、歴史的背景をきちんと把握できないと、「訳してみたけど、何が書いてるのか全くわからない」ということになってしまいます。皆さんもそういう経験ありませんか?

だから、中高生には「英語ばっかり勉強しててもダメだよ。他の教科もしっかり勉強しなさい。いっぱい本読みなさい。世界で起こってることにアンテナ張っておきなさい。」としつこく、しつこ〜く繰り返します(笑)。

突然ですが、アメリカで制作されている”Curious George”(「おさるのジョージ」)のアニメを見たことありますか?日本でも放送されていると聞きましたが、私、、、このアニメの大ファンなのです。

最初は子どもたちとのレッスンに使えるかなと集め始めたのですが、見始めたら新しい発見の連続で、やみつきに、、、。ビデオのコレクションも結構な数になりつつあります(自慢)。

私にとって一番興味深い点は、人種や性差についてのステレオタイプを視聴者(特に子ども達)に植え付けないための努力がいたるところに見られるところ。

例えば、サイエンティストで自他共に認める「天才」ワイズマン博士は、黒人かつ女性。ジョージが住む街の市長さんも黒人。ジョージが自分の自転車を壊してしまった時、修理してくれたのは、牧場を営むレンキンズさんの旦那さん、ではなく、奥さんの方でした。

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Curious George “Rides A Bike”

「これは男の仕事」とか「これは女の仕事」とか、私たちが無意識にしている線引きは、本当はどこにも存在していなく、自分たちが勝手にあると思い込んでるだけなんだっていうことを、気づかせてくれます。

「気づき」は英語で”Awareness “というのですが、これ、たぶん私が一番好きな言葉です。

ずっと「当たり前」だと思っていたことが、実は「当たり前」じゃないんだって「気づいた」時、新しい世界が自分の前に現れる。今まで見ていた世界が、全く違って見える。

でも、その「新しい世界」は、本当はずっと自分の眼の前に存在していたのです。自分が見ようとしていなかっただけで。

ちょっとしたきっかけで、見えていなかったものが、見えるようになる。

どれだけ多くの「気づき」のきっかけを与えることができるか。

彼らの眼の前から「当たり前」のヴェールを何枚取り去ることができるか。

教育者としての私の挑戦は続きます。

この作業って何のため?

レッスンに来てる中学1年生の女の子。耳からはかなりの量の英単語が頭に入っているのですが、スペルを覚えるのがとっても苦手。

定期テストもリスニングテストは満点だけど、筆記の方ではスペルミスで結構点を落としていました。普段どうやって単語練習してるのかなと思って聞いたら、単語練習用のノートを見せてくれました。

新出単語を一行に一つずつ書き出して、横にスペルを綴っていく方式。定期的に先生に提出してチェックしてもらうのだとか。

その練習の仕方が、、、かなり問題あり。一行に一単語を練習するってことは、短い単語(例えばboy とか dog)は、10回以上練習できるけど、彼女が苦手な長い単語(例えばadventureとかFebruary)はせいぜい3回くらいしか練習できない。。。

それに同じ単語を機械的にダラダラ書いてるだけじゃ、単語を覚えるっていうよりは、アルファベットの練習だよね。ただノートを埋めればいいって感覚でやってないかな?

単語の練習は、「単語を覚えること(スペル、意味、発音)」がゴールなのであって、ノートを埋めることが目的ではないんだよ。覚えてる単語も、苦手な単語も、同じように練習するのっておかしいよね?覚えてる単語は練習する必要ないよね?ってことを、懇々と話して、効率の良い単語の覚え方を確認しました。

中学1年生は、まだまだ自分の勉強法が確立できていないので、言われたことは、特に疑問に思うことなく、素直に従ってしまうのでしょうね。その方が余計なこと考えなくていいから楽だし。

だけど、「これをやるのは何のため?」ってことを考える習慣を身につけて欲しいので、嫌な顔されるの覚悟で、しつこく説明します。

私は、小学校、中学校を通して、勉強が好きだと思った記憶は全くありませんし、宿題以外で自分から机に向かうこともなかったと思います。

本(含 マンガ)ばっかり読んでました。活字中毒だったんです。(今もそう)

それでも、勉強に対して苦手意識を感じることなく、中学卒業までそれなりに好成績を保つことができたのは、要領だけは良かった!から。

とにかく家で勉強したくなかったので、どうやったら最短で最大の効果を上げられるか、ってことを常に意識しながら勉強に取り組んでいました。

予習や宿題は、休み時間にささっと終わらせて、「これで心置きなく家でマンガ読めるぞー、テレビ見られるぞー」って悦に入っているような生徒でした。覚えられることは、学校にいる間にできるだけ覚えちゃおうと、授業もかなり真剣に聞いていました。板書するのももったいないっていう勢いで、先生の言うことを一言も漏らすもんかっていう気迫で(笑)。

そんな性格だったので、先生から「英単語ノートに10個ずつ書いて提出するように」なんて宿題を出された日には、「なんでそんな無駄なことに時間を費やさなく ちゃいけないの!」と怒りで憤死寸前。英単語の練習なんて、裏紙で十分だし、どうして覚えてる単語も練習しなくちゃいけないの。しか も10回も!なーんて。

不必要な事を強制されたり、押し付けられるのが死ぬほど嫌だったんですよね(今もそうですが)。今やってるやり方でちゃんと単語覚えられるし、テストでも点数とれてるし、って自信もあったし。こんな面倒くさい生徒を持った先生達に心から同情します。

私が自分の生徒に一番身につけて欲しいこと、教育で一番大切だと思うっていることは、テストでいい点数を取ることではなく、「自分の頭で考えて行動する習慣」そして「失敗から学ぶ強さ」です。

人からのアドバイスは有難く参考にさせてもらいながらも、もっといい方法はないかな、本当にこれをやる必要があるのかな、もっと自分に合ったやり方はないかな、と吟味し、試行錯誤しながら、最適な方法を見つけられる人間に成長して欲しい、という思いで、毎日一人一人の生徒と向き合っています。

将来どんな環境にあっても、自分の力を最大限に発揮して、行動していけるようになって欲しい。それが私の願いです。